日常―崩壊―ver,シナリオ【下】
日常―崩壊―ver,シナリオ【下】
徹
「純一、どうやらウチの高校生らしいね」
純一
「詳しく見せてみろ」
ワンセグを奪い返される。
彼の眼は高校生が自分の通っている知り合いだと分か
っていても、覚めないようだった。
でも、被害者の名前に顔が変わる。
純一
「……徹、悪い。学校行かないで現場行くわ」
徹
「おい、なんだよ」
制止する間もなく、ワンセグを僕に渡してドア側に身
を寄せた。その顔は憔悴に覆われていた。
ワンセグを見ると、彼の突然の行為に意味が分かった。
映し出されるニュースには被害者田中智子――彼の妹
の名前が語られていた。
徹
「……智子が?」
僕も愕然としていた。
そのニュースが信じられないくらいだ。
徹
「純一、僕も行くよ」
彼と視線を合わせて開口一番にそう言った。
遊びじゃない、憐憫じゃない。
真剣そのものな言葉で。
複雑な現場だった。電車が乗用車によって右に横たわ
られ、木々は押し広げられている。
血痕が周囲に飛び散っており、人間の手首らしきもの
が道の傍に転がっている。警察と救急車が所狭く並んで
あたかも通夜が始まっているようだった。
僕と純一は顔を真っ青としながらも電車の傍に駆け寄
る。
徹
「…………」
とても言葉にならない。
果たして智子は無事なのか、それだけを思っていた。
純一は純一で思う所があるのか、冷静な顔だった。
警官A
「おい、現場は危険だ。近寄らないで」
純一
「この電車に妹が乗ってたんです。通してもらえません
か?」
警官
「駄目だ、現場検証と人命優先が先決だ」
徹
「……ッ!」
警官の物言いにそれは無いだろうと思った。
確かに事故を簡潔に済まし、運転再開するのは普通だ。
だからといって、はいそうですかと引き下がれない。
徹
「通させてもらいます」
純一
「よせ、徹」
徹
「純一?」
一瞬、耳を疑った。被害者の家族である純一が制止
したのだ。
冷静であるのも程がある。感情が抑えきれなくて暴
走するよりましだけど。
でも、僕は純一の目を見て理解した。
彼の顔は下向いているため冷静に見えるが、目の方
は充血している。
暴走しそうな自分を頑なに押さえているのだ。
徹
「分かったよ。とにかく純一の家に連絡して……」
純一はかぶりを振る。
事故現場とは違う方向に向き直る。
純一
「いや、悪いが用ができた」
純一
「代わりに親に報せてくれないか」
徹
「――え?」
純一
「俺は誰にも邪魔させない理由ができた」
純一
「だから俺の傍にいないほうがいい」
徹
「何を、するの?」
思わずゴクリと唾を飲みこんだ。
純一
「聞かない方がいい」
純一
「お前を巻き込みたくないんだ」
徹
「もう巻き込まれてるけど」
純一
「いいや。お前はまだ引き返せる。俺は引き返せない」
話している意味がだんだんと分かってくる。
それでも、問いかけずにはいられなかった。
徹
「分からないよ、言っている意味が」
純一
「俺は智子を殺した奴を……殺す」
彼はそう言って、救助用に並べられているスコップ
を肩に背負った。
顔は下向きざまで眼には狂気を伴って。
徹
「分からないよ。人を殺したってなにも変わるわけじ
ゃない」
純一
「変わるさ。俺の中ではな」
徹
「……僕が止めるって言ったら?」
徹
「友人をみすみす殺人者にしたくない」
純一
「それでも止められないさ」
徹
「純一!」
純一
「そうか。じゃ親友関係もおじゃんだな。いいのか
?」
徹
「純一が死ねばそれでなくなるよ。僕は死なせたく
ない」
純一
「死なないさ。せめて終身刑か囚役だろうな」
僕は彼の言葉にもう何も言えなかった。
何で引き留めようが、そう、例え全ての言葉を尽
くして引き留めようが
彼の意志は曲がらない。悟った僕には無理だった。
純一は最後に笑うと、警察の群れの中に一歩一歩
カウントダウンを開始するかのように
歩いていった。
突如銃撃と打撃音が響いた。
現場に目を走らせると、人身事故によって片づけ
られた肉片の代わりに男2人が倒れていた。
1人は純一、1人は恐らく加害者。
土壌に新しく加わった血痕は後悔の目を焼きつか
せた。
純一と智子の両親にできるだけ詳細を伝え、学校
に行ける時間になる。
本当は家にこもりたいくらい。でも、学校に
行かなくちゃ駄目なんだ。
理由は分からない。勘というものだろう。
学校にこっそり辿り着いた頃には昼を越えて
いた。
相変わらずの喧騒に耳をふさぐ。
廊下を駆ける生徒、友人と井戸端会議をして
いる生徒、弁当を食べている生徒。
どの生徒も事件のことを知らないようだった。
なんて平和なやつらなんだろう。
徹
「僕はもう嫌っていうほど、体験したっていう
のに」
それを考えてしまうと智子や純一の事も浮か
ばれない。
彼らの中ではただの事件の被害者と扱われ、
数日後には記憶から消えてしまうのだ。
徹
「でも、それが当たり前なんだよね」
自分もかつて同じ立場にいた。
日常をのうのうと生きていて、恋愛がしたい
年頃な想いを抱いてる。
明日は変わることを知らず、変わってしまう
ことを気にもしなかった。
まさか自分が遭遇するなんて……。
徹
「今でも信じられないくらいだ。お伽話にいる
みたい」
心を落ち着かせるためには誰とも話さず、他の
ことを考えるしかなかった。
――なんて、僕は臆病なんだろう。
それでも誰もいない教室でひとり思考に没頭し
ていた。
夢の中で会った女の子のこと。世界が病み続け
てること。
あり得ないと思う。
でも、現実にそうなってしまえば良いと思って
しまう。
この恋人の智子がいなくなった日常はうんざり
だ。早く変わってほしい、と。
例え今の世界が危ないとしてでもだ。
徹
「でも、それは日常に対する偏見なんだよね」
日常は、必ず違った変化を及ぼす。一間でも、
一分でも、一秒でも。
時の歯車は合わさることがない。
なのに、
徹
「僕たちはそれに気付かない。いつも変化があれ
ばいいな、って思う」
はっきり言って、ただの我侭なんだよな。
僕が思ってることも。
冒険がしたいだとか、恋愛がしたいだとか。
そう、智子のことを考えるなんて。
大したことのない子供の考えと似て――。
徹
「ただ、日常に八つ当たりしてるだけなんだ」
でも、……ね。
徹
「それでも、僕は……!」
女の子
「世界が変わってほしいと、そう願うの?」
徹
「え?」
後ろから声がかかった。振り向くと、夢の中で
出会った少女が無表情で立っていた。
呆気に取られながらも、声をかける。
徹
「君は……?」
女の子
「ラピス。ただのラピス。違う世界から来たの」
違う世界――夢だろうか?
でも現に女の子は僕の目から見えているのだか
ら、夢とは思えなかった。
彼女はここにいるのだ。
ラピス
「世界はね、知らないだろうけど確実に病み続け
ている」
ラピス
「……ねぇ、あなたは世界が病み続けること。信
じる?」
夢の中と同じように、問いを投げかけてきた。
僕を試すつもりらしい。
この世界に未練はないかと。全く、答えは分か
っているはずなのに……。
徹
「信じるよ。僕は、君の言っていることを信じる。
だって、僕はこの世界がいらない」
ラピス
「……そう。でも、信じたらこの世界には二度と
戻って来られないよ?」
徹
「うん、勿論」
平和で、何もない日常に浸るのはもう止めにし
たかった。飽き飽きしていた。智子がいない世界
なんて真っ平ごめんなんだ。
少し物悲しいけれども、今はそれ以上に変われ
ることを望んでいるのだから。
ラピス
「じゃあ、いらっしゃい。ラピスの世界へ」
一陣の風が通り過ぎた。
窓を閉め切っているはずなのに、溢れる生暖か
い風。
風は、教室のあらゆるものを破壊して、黒の大
地に生まれ変わっていく。外は粘土のように崩れ、
全てが原形を残さない。
『日常』が壊れていく。
徹
「……ああ、世界が壊れていく」
新たな世界が再生される。ラピスのいる世界。
ここは、黒く穢れた地面。おびただしいほどの血
の道。炭になった骸骨。そして、無表情のまま深
紅の双眸で佇むラピス。
夢の中で見た光景だった。
別に夢を見た時の凄惨さでも無垢でもない。
ただ、ついさっきまであった日常がないだけで。
ラピス
「ここが、あなたの望んだ日常?」
僕は考えて、
徹
「そうだね、ここが僕の望んだ日常だよ。ありが
とう、ラピス」
智子がいない世界。考える必要を無くさせる世
界。
僕とラピスの世界。
ラピス
「どういたしまして」
世界で無表情だけしか表さなかったラピスは、
初めて笑った。
その微笑みは、今の世界に似つかわしくない
蓮の花のように瞬いた。
徹
「――で、」
徹
「いつまで黙ってればいい? 君が智子だって」
ラピス
「――!! 気付いてたの?」
徹
「やっぱり。でも、気付かない訳はなかった」
渋々ながらも僕は認めた。
ラピスは智子だ。
何となく確信があった。
彼女の癖が目立ったせいなのかもしれない。
徹
「だって、智子って毎日無表情だもの」
感情を出してくれたのは、僕に不意を突かれ
た時くらい。
さっきの言葉回しのように。
普段言わない言葉は、それだけ智子にヒット
するものだった。
ラピス=智子
「うん半分は合ってる。でも、半分は違うね」
徹
「え?」
ラピス
「私は智子でもあり、ラピスでもある」
ラピス
「ラピスは智子の魂を取りこんだの」
徹
「何のために?」
ラピス
「1人じゃ嫌だったからだよ、徹」
ラピス
「でも徹が来てくれて、良かった。3人で一緒にいましょう?」
ラピスは、智子の笑みと同じで優しく僕を見つめていた。
<To Be Continued...?>
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