日常―崩壊―ver,シナリオ【上】
日常―崩壊―ver,シナリオ【上】
日常-崩壊- 筆・樹翠
白く軋んだ所だった。視界にはただの無垢だけの白さ
だけしか入らず、孤独だけが広がっていった。ここはど
こだろう。
いや、落ち着こう自分。とりあえず家の中でも学校の
中でもないようだ。
徹
「僕の名前は沢渡徹。特徴がない沢渡徹だ」
色を感じない、怖くはない、ただあるだけ。感じるの
は肌寒さだけ。飢餓感とでも言わせるように。疑問だ
けが頭を通り過ぎる。しかし何故だろう……?
この場所にはいつか来たことがあるようなのだった。
徹
「覚えてないけどね」
いつかは勿論分からない。
と、突然白だけの場所に黒点が芽生えた。
徐々に集まっては人影を作っていく。
1人の女の子を再現していった。
女の子は開口一番、尋ねる言葉を投げてくる。それも、
真摯にだった。
女の子
「……ねぇ、貴方は世界が病みつづけるコト。信じる?
」
頭に直に伝わるような女の子の声がした。聞く内では
歳は自分とそう変わらない。
彼女の顔を今一度チラリと窺う。髪は白髪で無表情。
コンタクトでも入れたのだろう、深い赤に染まった双眸
でじっと僕を見続けていた。
女の子
「……ねぇ、貴方は世界が病みつづけること。信じる?
」
再び同じ質問が来た。仕方なく、女の子に答えること
にする。女の子に自分のことを分かってもらいたくて。
それで孤独が拭えるのならしがみ付きたかった。
徹
「政府や環境の問題なら、病み続けてるんじゃないかな
?」
女の子
「……それが、貴方の、答え?」
三度目の困惑した質問が聞こえたとき、急に視界がお
かしくなった。
今までの白さが霧が晴れるかというように散って、一
箇所ずつ辺りは鮮明に映ってくる。瞬間、見えてきたも
のは……。黒く穢れた土壌。おびただしいほどの血の道。
そして、炭になった骸骨。
『世界の終わりってこういうものだ』と思わせられるく
らい、吐きそうになるほど凄惨な光景だった。
徹
「……な、なんだよ。一体、何なんだよこれは――!!
」
僕は明らかな残酷な描写に絶叫した。信じたくはなか
った。例え、地球上のどこかで行われている行為だとし
ても。誰かの夢の中であっても。声を大にして叫びたい。
女の子
「今は信じなくてもいいの」
女の子
「でも、貴方は変わってしまうわ」
女の子
「目が覚めてから、ね」
女の子の表情は変わらない。そのまま、プログラムが
起動されるように。
ただ言葉を辿っていく。
徹
「目が覚めてから?」
女の子
「そう。だから、お休みなさい。ここはまだ変わる場所
じゃないから」
徹
「……なんだ。夢だったんだね、何もかも」
女の子の気遣いに、僕はホッとして返した。
実際、現実で起こりそうにないことばかりだ。黒く穢
れた土壌。おびただしいほどの血の道。そして、炭にな
った骸骨。
どれをとっても。
徹
「おやすみ」
早くさっきまでの夢を忘れてしまいたかった。
悪い夢の続きは良い夢と相場が決まっている。
女の子
「待って」
でも、女の子は何かを思い出したようにうつらうつら
としている僕を止めた。
女の子
「もし、自ら変わりたかったら私の名前を呼んで」
女の子
「私の名前は***、だから」
徹
「――ええっと?」
女の子の名前が聞き取れなかった。彼女の名前は日本
語じゃないせいもある。それでいて外国語でもコンピュ
ーターが話す機械語でもない。
聞いたことがある言葉で、聞いたことがない言葉。
多分忘れてしまっているのだろう。
忘れやすいからな、特に僕は。
女の子
「***。 今は分からなくていいわ」
徹
「あ、霧が……」
女の子の言葉を聞き逃す内に、先ほどまで晴れていた
霧が周りを覆ってきた。
霧は悪い夢をたちどころなく押し流し、現実とも夢と
も区別し難いものになっていった。
徹
「あれ?」
女の子もまた押し流されたかのようにいなかった。
彼女が言い残したいことは何だったのだろう?
女の子
『……ねぇ、貴方は世界が病みつづけること。信じる?
』
世界が病み続けること。確かに言っていた。
でも、僕はそれ以上考えるつもりはなかった。
徹
「所詮夢の中は夢の中だ。夢は現実じゃない」
さっきの出来事も、テレビか小説で見た記憶が合わさ
ったものでしかない。
だからすぐに目を閉じて寝入った。悪い夢の後には良
い夢が来るそうなのだ。
徹
「う……っと」
目覚ましのアラームを止め、布団から身を起こす。
時計は7時10分を指している。
徹
「なんだ。まだ余裕があるじゃないか」
ついつい布団に埋もれる。
気持ちのいい布地の気前良さは、ギラつく日差しを忘
れさせてくれるからだ。
徹
「あと5分……あと5分」
僕はいわゆる二度寝をしたのだと、起きてから知った。
勿論、遅刻は確定。アラームを止めてから1時間経っ
た所で目が覚めた。
僕にとっては幾分かの怠惰の作業で、身を整えて学生
服に着替える。ネクタイを締めて1Fのリビングに向か
う。朝の作り置きがある。コーヒーは温くなってる、食
べ物はケバいけど、食べないよりはましだ。
母
「ああ、徹。いたの」
いました。と、視線を交えることなく頷きだけで母を
横切る。母と話すと1時間あっても足りないくらいだ。
視線を作り置きがあるテーブルに向かわせる。
いつになく簡素な仕上がりだった。
徹
「父さんは今日も飲み会?」
母
「そうよ。あの人も上司の誘いなんて断ればいいのに」
徹
「まぁ、付き合いとかあるんじゃない?」
適当に返して、自分の椅子に座る。余り焼かれていな
いパンを片手に新聞をめくる。
新聞には世界情勢から、コラム、経済、事件が記され
ている。
とりあえず、余り時間を浪費しても仕方ないので、ス
ポーツ面と世界情勢面だけだ。
スポーツはお気に入りの球団の結果を。
徹
「あーポンコツめ」
でも昨日は思わしくなかったらしく、敗戦が描かれて
いる。夢のこともあったので、仕方なく世界情勢面に手
を走らせる。
徹
「なになに、オーストラリアで水不足か」
でも、オーストラリアは確か赤道直下ではないはずだ。
4つの気候があり、日本と同じ温帯性気候地域もある。
それが枯渇する。
地球温暖化のせいだ。それは夢の中で女の子が伝える
メッセージだったのか。
徹
「おっと、こんなことを考えている暇じゃない」
時間はほぼ一時間目ちょうど。
遅刻はもう遅刻として確定しているけど、他の授業も
出席しなかったら単位が取れない。
急いで口にパンを注ぎ込む。コーヒーを同時に投入し
てパンにかかる時間を少なくした。
母
「私は畑行ってくるから。鍵は閉めてね」
徹
「はいよー」
母の畑作りにも困ったものだ。学校に行く準備に手間
取るというのに、まして鍵を探す羽目になろうとは。
徹
「いってらっしゃい」
相変わらず母を見ないで言う。もう日常に溶け込んだ
癖だ。母も別にそれを咎めないで、勝手に家を出ていく。
――なんとも、冷え込んだ関係だこと。
他人事と思いながら、食器を洗って部屋に戻った。
机に向かうざま、乱雑した紙類を整理して鍵を探す。
学校でプリントを渡される量が多いのか結構重労働
だ。
徹
「少しは環境問題のことを考えてくれてもいいのに」
思わず口に出してしまったけれど、現実はそれ以上に
厳しい。本当にさっきの僕の希望は一個人のものであ
って、それが実行されても個人の満足。
つまり、焼け石に水となるのだ。
徹
「分かってる、分かってるけどさ」
自分はどうしようもない程、ちっぽけな存在で今の日
常を生きるだけで精いっぱいなんだ。
そんなことを言って、許してもらえるなんて思ってな
い。
だって、今の時間を変えることなんて――甘い蜜を啜
ってる僕にはできないこと。
できないことを自分で語るなんて、何てオコガマシイ
ことなんだ。
徹
「だから、夢で起こったことなんて僕は望んでないし」
徹
「語る資格もない」
ジャリ、とした感触があって鍵を机から持ち上げる。
銀色に光るそれは断罪のギロチンのようだった。
遅刻した時にいつも使う電車に間に合った。丁度、吊
り革を掴んでいた知り合いに声を掛ける。
徹
「やあ、純一。この世の終わりでも見たような顔して」
純一
「……お前がいるってことは、遅刻確定だからな」
徹
「酷いな」
と言いつつ、あはっと笑う。
徹
「時計を見れば、そんなもの分かるはずなのに」
純一
「知ってる」
徹
「言うねぇ、この減らず口」
同じく隣の吊り革を掴む。交わされる言葉は授業とか
昼食はとか下らないことばかりだ。
ただ、時折出てくる彼の妹の話は好奇心がそそられる。
何と言っても、純一の妹・智子は可愛い。純一とは似
ても似つかないほどの可愛さだ。
そして僕は彼女と恋人として付き合い始める予定でも
ある。
脳内妄想じゃない、純一が上京する時から始める予定
なのだ。
徹
「そう言えば、今日変な夢を見たんだ」
純一
「ネズミにでもなる夢か?」
徹
「あはは、相変わらず人の神経を逆なでするね」
徹
「僕の夢は――」
アナウンス
「お客様に申し上げます」
アナウンス
「真に申し訳ないですが、○○駅で人身事故が発生しま
した」
アナウンス
「警察による事故整理のため、次の駅でバスにお乗り換
え下さい」
純一
「事故か……」
眉を潜めて厳かに言う。
徹
「珍しいよね」
そう。ここは東京と比較できないほどの小さな田舎だ。
電車の人身事故があるなんて1年に何回あるかどうか。
純一
「まぁ気になることだな。待ってろワンセグで」
彼は学生鞄から無造作に持ち出した。
徹
「おお、文明機器!」
純一が流行のワンセグを持っていたことに驚いた。
彼は自他ともに認める鈍感で、都市の流行には疎いと
感じていたからだ。
純一
「なんだよそれ」
機嫌悪そうに見つめる彼に、
徹
「仕返しさ」
と悪びれもなく返した。
徹
「とにかく見せて」
純一
「あ、おい!」
彼の右手からワンセグを奪う。
小型の白い携帯機では臨時のニュースが飛び交ってい
た。
見出しはこうだ。○○線○×駅、人身事故発生。学生
の命を奪う……と。
学生?
○×駅近辺の学校と言えば、僕達が通っている高校し
かない。
いつもより耳を敏感にさせる。
【下】に続きます。
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